ハリウッド俳優のパトリック・スチュワート卿が、スターリング・モス卿の輝かしいレーシングキャリアを魅力的に語る。二人はクラシックなメルセデス・ガルウィングでフィレンツェへ向かい、イタリアで最も有名なロードレース、ミッレミリアのコースを辿る。そして、1962年にグッドウッドでロータス車と遭遇し、九死に一生を得たモスにとって、この事故が人生最良の出来事だったと語る。この事故の後、モスは二度とプロのレーサーとしてレースに出場することはなかった。
サー・スターリング・モスは1929年9月17日にロンドンで生まれた。1948年から1962年まで現役のレーシングドライバーとして活躍し、様々なカテゴリーでレースに参戦した。中でもフォーミュラ1での活躍は特筆すべきもので、1955年から1958年にかけて4年連続で世界選手権2位を獲得した。スターリング・モスは、フォーミュラ1世界選手権で優勝を果たせなかったものの、史上最高のレーシングドライバーとしてしばしば称えられている。

モスはフォーミュラ500(フォーミュラ3の前身)でキャリアをスタートさせた。1950年にはジャガーXK120でツーリスト・トロフィーを獲得。1955年にはメルセデス・ベンツ300 SLRスパイダーでミッレミリアを制覇した。モスがフォーミュラ1で初優勝を飾るまでには1955年までかかった。その年、エイントリーで開催されたイギリスグランプリでメルセデス・ベンツW196モノポストを駆って優勝。2年後、今度はトニー・ヴァンダーヴェルが設計したイギリス車ヴァンウォールで再びイギリスグランプリを制覇した。モスはイギリスのレーシングカーを好んでいた。
素晴らしい経歴を持つ、並外れた人物。 グッドウッドフェスティバルオブスピード 私たちは彼に少しだけ会ったが、モス卿はかなり高齢でやや虚弱ではあったものの、頭の回転は非常に速かった。























